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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)4501号 判決 1963年2月20日

原告 赤木渉

右訴訟代理人弁護士 赤木暁

同 松岡浩

被告 武久孝雄

右訴訟代理人弁護士 長田喜一

同 中嶋正起

同 曽我部東子

同 龍原秋二

主文

被告は、原告に対し、別紙第二目録記載の建物を収去して、別紙第一目録記載の(二)の土地を明け渡し、かつ、昭和三三年六月一日から右明渡ずみに至るまで一ヶ月金一、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、原告において金五〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

理由

本件土地を含む別紙第一目録記載の(一)の土地が訴外都築益也の所有である事実、原告が、右都築から、本件土地を含む右土地を、建物所有の目的で、賃借している事実、被告が、原告から、さらに、右土地のうち本件土地を、建物所有の目的で、期間を定めずに、借り受けた事実(ただし、右貸借契約の成立の日時およびその性質を除く。)、被告が、昭和二四年頃には、本件土地上に、本件建物を建築所有して、本件土地を占有している事実および被告が訴外岩本チヨノに金員を交付した事実(ただし、その額および性質を除く。)は、当事者間に争がない。

そこで、被告の抗弁について、順次判断する。

一、原告および被告の各本人尋問の結果によれば、右認定の原、被告間の本件土地についての貸借契約の締結の日は、昭和二四年三月中であることが認められる。被告は、抗弁第一項において同日、原、被告間には、本件土地について転賃貸借契約が成立したと主張するのに対し、原告は、これを否認して、一時使用のための使用賃借契約であると主張しているので、先づ、同日原、被告間に成立した本件土地の貸借契約の性質について判断するに、結局、その争点は、右本件貸借契約において、本件土地使用の対価、すなわち賃料の約定があつたか否である。

(1)  被告は、右貸借契約の頭初から、約定賃料の額は、原告が賃借していた別紙第一目録記載の(一)の土地全部の賃料として地主に支払う額の半額であつた旨主張するが、被告の全立証その他本件における全証拠をもつてしても、右事実は、認めることができない。

さらに、被告は、原、被告間の右貸借契約について、本件土地の所有者である訴外都築益也から、右契約が転賃貸借契約であるものとして、承諾を得ている旨の間接事実を主張して、本件貸借契約が転賃貸借契約であるとしている。しかし、かりに、被告主張のように、本件土地の所有者である訴外都築益也が右承諾をしたとしても、右訴外人は、本件土地の貸借契約の当事者ではなく、第三者であるから、右事実をもつて、直ちに、原、被告間の貸借契約が転賃貸借契約であるということはできない。また、この点に関する乙第一号証(「承諾書」と題する書面)は、証人都築京子の証言によつて、真正に成立したものと認められるが、右書証は、本件土地の所有者である訴外都築益也が、昭和二四年四月五日、直接、被告に対し、本件土地を賃貸した旨の書面であるから、被告が原告から本件土地を転賃借するについての右訴外人の承諾を証する書証とはなし難い。そして、当時建物の建築許可申請をするには、建築主がその敷地を使用できる権限を証する書面を添付することを必要とした事実は、当裁判所に顕著な事実であり、右事実に、右乙第一号証≪中略≫を綜合すると、被告が、本件土地上にある被告所有の本件建物を建築するに当り、行政代書人に対し、建築許可の申請書の作成を依頼したところ、右代書人が右申請書に添付する被告の本件土地の使用権限を証する書面として、右乙第一号証(ただし、右訴外都築益也の署名およびその名下の押印の部分は、空白であつた。)を作成して、被告に交付したので、被告は、原告を通じて、右訴外都築京子から、右訴外都築益也の署名およびその名下の押印を得た事実を認めることができる。従つて、右乙第一号証は、本件土地の所有者である訴外都築益也との関係においても、被告が本件土地を使用する権限を有していた事実を証する証拠とはなし得るが、原、被告間の本件土地についての賃借契約が、転賃貸借契約であるか、転使用賃借契約であるかを、認定する資料とはなし難い。

(2)  さらに、被告は、右貸借契約の成立した日である昭和二四年三月中に、原告に対し、権利金として金三〇、〇〇〇円、賃料の前払として金二〇、〇〇〇円、合計金五〇、〇〇〇円を、本件土地の使用の対価の趣旨で、支払つた旨主張し、証人花村省三(第一、二回)の証言ならびに原告および被告の各本人尋問の結果によれば、被告が、右日時に、原告に対し、金五〇、〇〇〇円を交付した事実を認めることができるが、右金員の性質についての被告の主張にそう証人花村省三(第一、二回)、同片桐冬能および被告本人の供述部分は、後記証拠に対比して、たやすく信用できないし、他に被告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。反つて、証人花村省三(第二回)の証言≪中略≫を綜合すれば、右金五〇、〇〇〇円の授受に当り、原告は被告作成の文案に従つて、被告あてに、「金五万円也、右借用する。右金五万円を毎月金一万円ずつ返済する。」旨の内容の「借用証」と題する書面を作成して、被告に交付した事実を認めることができる。そして、右各証拠によれば、右金員授受は、これによつて、原、被告間に消費貸借契約が成立したものか、又は原、被告間に成立していた共同事業契約の出資がされたものであるかは、必ずしも明らかではないが、少くとも、右金員が、被告主張のように、権利金又は賃料の前払として、支払われたものではないことは、明らかである。

(3)  さらに、被告は、原告の代理人である訴外岩本チヨノの本件土地の転借料の請求に応じ、昭和二七年一〇月以降、同人に対し、賃料を支払つているから、本件貸借契約は、転賃貸借契約である旨主張している。しかし、被告の全立証および本件における全証拠をもつてしても、右訴外岩本チヨノが、被告主張の右転貸料の請求および転貸料の受領について、原告を代理する権限を有していた事実を認めることができない。のみならず、前記のように、被告が右訴外人に対し金員を交付した事実(ただし、その金額および性質を除く)は、当事者間に争いがなく、また、証人片桐冬能の証言および被告本人尋問の結果によれば、被告が、昭和二七年一〇月から昭和三三年四月まで、右訴外岩本チヨノに対し、被告主張の額の金員を交付していた事実を認めることができるが、右金員が賃料として授受された旨の右証人片桐冬能の証言および被告本人尋問の結果は、後顕証拠に対比して、にわかに信用できないし、他に、右金員が賃料として授受された事実を肯認するに足りる証拠がない。反つて、証人岩本チヨノ(第一、二回)の証言によれば、右訴外岩本は、被告に対し、賃料の請求をした事実はなく、また、右金員も、賃料として受領する意思はなく、自己の生計の困窮に対する被告の好意による贈与として受領していた事実を認めることができる。従つて、かりに、被告が、右金員を賃料を支払う趣旨で、交付していたとしても、右金員の授受が、賃料の授受としての性質を具有するものではなく、従つて、右事実によつて、原、被告間に転賃貸借契約が成立するものでもない。

以上の認定によつて、明らかなように、昭和二四年三月中に、原、被告間に本件土地について転賃貸借契約が成立したとする被告の抗弁第一項は、採用するに由ない。

二、次に、被告の抗弁第二項について判断する。被告の全立証および本件における全証拠をもつてしても、訴外岩本チヨノが、被告主張の転賃貸借契約の締結について、原告を代理する権限を有していた事実を認めることができないし、のみならず、第一項の(3)において認定したように、被告が訴外岩本に交付した金員は、賃料の支払としての性質を有しないから、右抗弁は、採用するに由ない。

三、次に、被告の抗弁第三項について判断する。被告は、訴外岩本チヨノは原告を代理して地主に対し賃料を支払う権限を有していたと主張し、証人岩本チヨノ(第一、二回)、同都築京子の各証言によれば、原告が賃借している別紙第一目録記載(一)の土地全部の賃料は、訴外岩本チヨノが賃貸人である訴外都築益也に対して支払つていた事実を認めることができるが、原告が、訴外岩本に対し、別紙第一目録記載の(一)の土地の賃貸借契約について、右訴外都築との間において、賃料の変更その他の法律行為をする代理権限を授与していた事実は、これを認めるに足りる何等の証拠もなく、反つて、証人岩本チヨノ(第二回)の証言および原告本人尋問の結果によれば、原告は、右訴外岩本に対し、何等の代理権も授与したことがなく、右訴外岩本を意思表示の伝達機関(使者)に使つたことはあるが、別紙第一目録記載の(一)の土地および後記認定の隣接建物についての賃貸借契約に関する一切の法律行為の意思決定は、すべて原告自身が行つていた事実、従つて、右訴外都築益也に対する賃料の支払も、訴外岩本が原告の使者として行つていた事実を認めることができる。従つて、右訴外岩本が被告との間にした法律行為について、被告主張のように、原告が表見代理の責に任ずる余地はないのみならず、第一項の(3)において認定したように、訴外岩本が受領した金員は、賃料の受領としての性質を有しないから、右抗弁は、採用するに由ない。

四、次に、被告の抗弁第四項について判断する。転賃借権が民法第一六三条にいう「所有権以外ノ財産権」として取得時効の対象となるか否は、疑問の余地があるが、右権利は、債権ではあるが、継続的給付を目的とする権利であり、しかも、扶養請求権のように一定の身分を前提とする権利ではないから、時効取得の対象たり得るものと解する。しかし、右権利の時効取得の要件としては、転借人が、単に、主観的に、転借の意思をもつて、目的物を使用および収益するだけでは足らず、右転借の意思が客観的に、他の権利(本件にあつては使用貸借上の権利)と識別できるような態様において、表現されていることを要するものと解すべきであるから、少くとも、転賃貸借契約の要素である対価(転借料等)の支払又は供託の事実が存在することを要するところ、本件について、これをみるに、第一項において認定したように、昭和三三年四月までは、かかる事実は、認められないから、被告の右抗弁も、採用するに由ない。

五、上叙認定のように、被告が本件土地について転賃借権を有する旨の被告の抗弁事実は、認めることができず、反つて、証人岩本チヨノ(第一回)≪中略≫を綜合すれば、(一)終戦直後、冒頭で認定したように、原告は、本件土地を含む別紙第一目録記載の(一)の土地を、その所有者である訴外都築益也から、建物所有の目的で賃借したところ、当時右賃借土地には、建築制限があつて、一二坪以上の建物の建築が禁止されており、しかも、右賃借土地の一部が道路拡張の用地に供されるおそれもあつたので、原告は、右賃借土地のうち隣接土地に、当座の建物として、中二階を付設した隣接建物を建築し、残余の本件土地は、本建築の場合の用地および道路拡張の場合の予備地に供するため、空地として放置しておいた事実、(二)その頃、原告は、被告以外の者から、本件土地の転賃借の申入をうけたが、原告は、法律的素養もあつたので、転賃貸借契約を締結したのでは、本件土地を右目的に供することができないことを知悉していたため、右申入を拒絶していた事実、(三)原告は、昭和二四年中に至つて、原告の友人訴外花村省三から、再三に亘つて、同人の親族にある被告に対し、本件土地を転貸するよう申込をうけたので、やむを得ず、被告に対し本件土地を、無償で、一時使用のため、貸すこととし、その代り、特に、(1)被告は、本件土地上に容易に取り毀すことができる小規模のバラツクを建築すること、(2)被告は、原告の請求次第、何時でも本件土地を明渡すことの各約定をした事実を認めることができる。従つて、原、被告間の本件土地についての貸借契約は、使用貸借契約であるというべきである。

よつて、以下原告の請求の当否について判断する。原告本人尋問の結果によれば、右隣接建物が腐朽したため、これを取り毀して、改築する必要が生じたので、原告は、前項で認定した約旨に基いて、昭和三三年五月中に、被告に対し、本件土地の明渡(返還)を請求した事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる何等の証拠もない。よつて、被告の本件土地について有する右使用貸借契約による権利は、右明渡請求によつて、昭和三三年五月中に消滅したものというべきである。従つて、被告は、本件土地の所有者である訴外都築益也に対して、本件建物を収去して、本件土地を明け渡す義務がある。そして、被告が、右使用貸借上の権利の消滅後も、本件土地上に本件建物を所有することによつて、本件土地を占有している事実は、当事者間に争のないところであるから、被告は、右使用貸借上の権利消滅後は、原告の本件土地に対する使用収益権を侵害し、これにより、原告に対し、本件土地の相当賃料と同額の損害を与えているものといわなければならない。そして、昭和三三年六月一日当時における本件土地の一ヶ月の相当賃料が金一、〇〇〇円である事実は、当事者間に争がない。

されば、原告が、本件土地の賃借権に基いて、右訴外都築益也に代位して、被告に対し、本件建物を収去して本件土地の明渡を求める請求および原告が被告に対し右使用貸借上の権利の消滅後である昭和三三年六月一日から右明渡ずみに至るまで一ヶ月金一、〇〇〇円の割合による損害金の支払を求める請求は、いずれも、理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 豊水道祐)

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